お便りコーナー

2026/7/27

多くの与論ゆかりの先輩たちへ

朝岡光男(大南26回生)

与論島と大牟田・荒尾地域との深いご縁については、大南23回生の島さん(地域誌「どがしこでん」主筆)が、3回にわたり詳しく執筆されています。すでにお読みになった方も多いことと思いますが、その概要をご紹介します。(詳しくは観光プラザで「どがしこでん;77号」をご覧ください)

与論島から大牟田への移住のきっかけとなったのは、1898年に与論島を襲った大型台風でした。甚大な被害に加え、その後の干ばつや飢餓、疫病の流行により、多くの島民が命を落としました。

ちょうどその頃、三池炭鉱の石炭積み出し港であった口之津港では深刻な人手不足が続いており、与論島から最初に250人が移住しました。その後、家族を含め最終的には1226人にまで増えました。さらに1908年、三池港の開港を機に家族を含め428人が大牟田に移住し、石炭の選別や運搬に従事しました。

1919年には移住者は1300人を超えたといわれています。

しかし、その一方で、過酷な労働や賃金格差、言葉の違いによる差別など、多くの苦労もあったと伝えられています。

それから125年以上の歳月が流れ、現在では与論島の中学生が毎年修学旅行で大牟田・荒尾を訪れています。先人が第二の故郷と定めたこの地で、与洲奥都城(納骨堂)に眠る先祖へ手を合わせることが恒例となっています。また、大牟田市教育長も参加し宅峰中学校の生徒との交流会が開催されるなど、両地域の絆は今も大切に受け継がれています。

与論島から移住した先人たちが最初に暮らしたのは、西港町(旧三川坑)の船積み社宅(与論長屋)でした。その後、三川坑の開口に伴って新港町社宅(港務所社宅・三川坑社宅)、四山社宅へと移り住みました。

こうした歴史から、与論にルーツを持つ二世・三世の多くが右京中学や船津中学校区で育ち、大南25回生までは学区制により普通高校は「大牟田南高校」へ進学されました。そのため、現在も大牟田市や荒尾市、その近隣にお住まいの方が多くいらっしゃいます。

今回、同窓会誌へ寄稿しようと思ったのは、このような先人達が築き上げた与論島との歴史や絆を、改めて皆様に知っていただきたいと思ったからです。

「与洲奥都城の管理」「郷土ゆかりの者同士の相互扶助」「地域社会への貢献」「郷土発展への寄与」を目的として「大牟田・荒尾地区与論会」は昭和22年に発足しました。ご縁があり、現在は私が会長を務めています。

皆さんにぜひお伝えたいことが二つあります。

一つ目は、この「与論島から大牟田・荒尾への移住の歴史」に関心を寄せた大牟田出身の大学生が、文化人類学の研究として卒業論文にまとめられたことです。

神戸学院大学で学び、与論島でも多くの方々への聞き取り調査や、海浜清掃サークル「海謝美・ウンジャミ」に早朝から参加するなど丹念な取材を重ねて完成した論文「卒論」は、多くの卒業論文の中から「最優秀賞」受賞したと伺っています。

二つ目は、2027年後期のNHK連続テレビ小説「なぎさの進化論」の放送が始まることです。

この作品は、現代の大阪と鹿児島県与論島を舞台にしたオリジナル作品です、主人公はマイペースで少し人付き合いが苦手な女性獣医師と紹介されています。

与論島は、白い砂浜とエメラルドブルグリーンの海、潮が引いた時だけ姿を現す百合が浜など、豊かな自然に恵まれた美しい島です。また、与論町は、「世界の持続可能な観光地TOP100」にも選ばれた魅力あふれた地域として知られています。

私もドラマの放映開始を心待ちにしています。ドラマを通して、多くの皆様に、私たち与論会二世・三世の心の故郷「与論島」の美しい自然と温かい人情に触れていただき、この島への理解と親しみを深めていただければ幸いです。

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